2007年10月の日記


2007年10月1日(月)

 はい。

 今日から私、株式会社ラスボスの、社員として、働き始めます。

 初日は、本社に、午前9時半出勤。スーツに着替え、寮の隣の、本社の建物へと入っていきます。

 向かったのは、人事の、課長の所。
 人事部長であり、私を採用してくださったお方。佐藤課長(仮名、51歳・男)の、所です。

 まずは交わされる、挨拶。その後、課長は私を、小部屋へと、案内します。3日前に、近隣の施設やなんかについて解説してくださった、あの、お部屋です。

 机を挟んで、着席。
 おもむろに穏やかに、課長、こう言いました。

「まずは、緊張してるだろうから、それをほぐす意味も兼ねて、ここでスピーチをしてもらいます。テーマは、『この半年間に経験したこと』ね。今から10分くらい時間をあげるから、その間に話の内容をまとめて、15分間、スピーチしてください。……それじゃあ、早速、準備を始めてください

 ちょ、ちょっと待ってください。

 入社初日の一発目から、「10分で準備して、15分喋ってくれ」ですか?

 私は、あの社長とは違うんですぜ?

 いや。もちろん、大学卒業から今日に至るまでのことは、話すことになるだろうとは、思っていましたよ。半年間も、ブラブラさせてもらったんですから。
 けれどもそれは、「いずれ」の話。まさか、フタを開けていきなりだとは思わなんだよ。

 これじゃあ、緊張がほぐれるどころか、逆に、ガチガチになってしまいますよ。

 社会人になったその瞬間、早速、厳しい局面を迎えてしまった私。まずは、決めました。

 10分で、半年間の出来事をまとめるのは、無理。

 そう判断し、諦めることに、決めたのです。

 そうしてプレッシャーの鎧を脱ぎ捨てた私、メモ帳を広げ、一心不乱に、書きまくります。
 静かに、書類なんぞに目を通している佐藤課長の向かいで、同じく静かに、書きまくります。

 この半年間の、旅先での出来事。それらを必死で思い出し、思い出した順番に、箇条書きしていったのです。

 話をまとめるのは、不可能。
 だから、とにかくネタをかき集め、15分間、何でもいいからひたすら喋り続けようという、そういう、大作戦です。

 そして迎えた、10分後。
「時間になりましたので、始めてください」
 との、課長の言葉を引き金にして、いよいよ、私の演説が始まります。

 曽根城で、タクシーの運転手に見捨てられたこと。関ヶ原で、ヤマビルに足の血を吸われたこと。高知にて、渡辺哲さんに口説かれ、連れ去られ、結果的に、良い旅ができたこと。
 34の都府県を巡って経験した、様々なことを、メモ帳をチラ見しながら、一生懸命に、喋り続けました。
 順番はテキトー、話のつながりも、無視
 まさに、支離滅裂。
 しかし、それでも、喋り続けました。

 課長は、そんな私のお話を、時折笑顔を浮かべたりしながら、黙〜って、一言も発さずに、聞いてくれています。

 やがて。

「はい。そこまで。15分経ちました」

 試合終了の、ゴングが鳴りました。

 完全に、話の途中。何のオチも、つけられませんでしたが、まあいいでしょう。
 私としては、15分喋れれば、それで良かったのですから。

 微笑みをたたえた課長。私のスピーチに対する、批評を始めます。
 その批評の内容を、簡潔に説明すると、「話がまとまってなくて、何が言いたいのかよく分からない」というものでした。

 はい。
 その点については、初めから、把握しております。

 スピーチ編が終了したら、今度は、佐藤課長による、講義です。
 事前に渡されていた教科書のようなものを広げ、就業規則やら、仕事をする上での基礎知識やらを、教わります。

 それが、何度か休憩を挟んで、夕方まで続きました。

 その次は、パソコンの使い方講座。
 意外なことに、この会社のお仕事じゃあ、結構、パソコンも使うみたいなのです。

 私は、課長に連れられ、本社のオフィスへと、入っていきます。
 腰を低く低く。皆さんに挨拶しながら。

 パソコン技を伝授してくれるコーチは、ここにいる、システム管理課の、徳原さん(仮名、今年度で25歳・男)。
 彼の所に私を案内して、新人教育をバトンタッチ。そうして佐藤課長は、去っていきます。

 見るからにパソコンに詳しそうな徳原さんの、親切丁寧な指導に、パソコン編は、割と無難に進行。

 ところがそこに、思わぬ横槍が入りました。

 突然、何者かが、死角から私に、声をかけてきたのです。

「樫木さん、お久しぶりです」

 振り向けば、なにやら見覚えのある顔が。

 半年前に入社した、私の同期。玉城さん(仮名、今年度で25歳・男)でした。

「寮の、俺が使ってた部屋に入られたそうですね。……汚しちゃってすいません」

 なるほど。確かに、あの部屋は、汚かった。
 髪の毛やら、切った後の爪やらが、床の至る所に散乱していました。

 その犯人は、アンタだったのかい!

 玉城さんは、いつの間にやらいなくなり、ほどなくして、パソコン編も終了。
 私は、再び佐藤課長と共に、別室へ。

 そこで、これから数日間の、大雑把な予定などを聞かされ、今日の日は、さようなら。
 午後6時45分ごろの、ことでした。

 隣の建物にある、自室へと帰還した私。
 ご飯を、炊くことにします。

 これが、引っ越してきてからこっち、初めての自炊。
 いろいろと忙しかったもんで、今までの食事は、外食したり、コンビニで出来合いのものを買ったりで済ませていたのです。

 電器屋さんに送られてきた状態のまんまの炊飯器を、まずは、箱から取り出してあげます。
 ピッカピカの、新品です。

 お米を炊き始める前に、炊飯器本体から内釜を取り外し、それを流しで、入念に洗います。
 いくら新品とはいえ、使用前に洗っておかないと、なんとなく、不安ですからね。

 釜を洗い終え、布巾で拭き拭きしたら、いよいよ、お米を炊飯器に、流し込みます。

 勢いよく!

 ザザーッ。

 ……!?

 ……しまった!!

 拭き終わった釜が、まだ、炊飯器の外にあるってこと、忘れてました。

 私、釜の装着されていない、炊飯器本体に、米をドッサリ、ブチ込んでしまったのです。

 こりゃ大変だ。
 慌てて、炊飯器を逆さまにし、釜の中へ、米をドバーッと、吐き出させます。

 しかし、全部は出てきません。

 いや。一見すると、全部出てきたように見えるのです。

 だけど、炊飯器を揺さぶってみると、シャカシャカと、お米の音がするのです。

 お米さんたちが、機械内部にまで、入り込んでしまっているのです。

 いくら振っても、鳴りやまないのです。

 もう、こうなりゃ意地。こうなりゃヤケ
 無我夢中。私、ドライバーを持ってきて、炊飯器を解体し始めます。
 「絶対に分解しないでください」とかいう、説明書の制止なんぞ、迷わず振り切りました。

 だってそうでしょう?
 こうするより他に、炊飯器を助けてあげる方法がないのですから。

 分解を始めると、中から米粒が、ボロボロと。
 分解しても分解しても、ボロボロぼろぼろ。
 機械内部の隅々まで、米が侵入しておりやした。

 やがてようやく、炊飯器内のクリーンアップが完了。

 しかしここで、新たな問題が、発生してしまいました。

 炊飯器を、原型を留めないほどにバラバラにしてしまったため、元に戻せなくなってしまったのです。
 戻し方が、分からないのです。

 まあ、もし、元通りに組み立てることができたとしても、もう、この機械で飯を炊く気なんて、さらさらないんですけどね。

 だってそうでしょう?
 説明書には、「絶対に分解しないでください」って、書いてあるんですよ?

 怖いじゃないですか!

 ……ま。と、いうわけで。

 炊飯器が、初陣にて、戦死。

 そんな、社会人1日目でした。


2007年10月2日(火)

 ラスボス正社員、2日目。
 午前10時出社の、午後7時退社。
 研修に始まり、研修に終わりました。

 本日の私のコーチは、人事部長の、苅込さん(仮名、今年度で34歳・男)。

 そうです。

 新しいほうの、人事部長です。

 今日の研修の舞台は、昨日とは違い、現場。
 本社と同じ建物内にある、本店に繰り出し、部長から、売り場での基礎的な作業を教わります。

 試しにやらされた作業を、どうにか終わらせてみせたところ、私、苅込部長から、こう言われましたよ。

「初めてにしては、まあ上出来なほうじゃないかな」

 わっはっはっはっ。
 どんなもんだい。

 明らかに、お世辞っぽい感じだったんですけどね。

 仕事を終えたら、車を走らせ、近場にある電器屋へ。

 そこで、5000円も投入して、あるものを購入しました。

 何を買ったのかって?

 そりゃあ、あれに決まってるじゃないですか。

 炊飯器ですよ。



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