第4話

切ない話


 12R一の問題児、オリナンこと新井直幸殿の行動には、想像を絶するものがあった。
 それは、1年初期の行動だけを見ても、声を大にしていえることである。
 例えば、上野和江殿という、三つ編みを、両肩に垂らした人物がいたのだが、新井殿は、たまたま彼女の後ろを通りかかった時、背後から、その三つ編みの片方を、頭が大きく傾くくらい引っぱったのだ。
「キャー!!」
 すごい悲鳴であった。
 彼は、なぜこんなことをしたのだろうか? 実は、理由などないのだ。ただ、なんとなく引っぱりたくなってしまっただけなのである。
 授業中に、突然、泣きそうな声で叫んだこともあった。
「死んじゃったよ〜」
 どうも、彼が授業中にやっていた、「たまごっち」が死んでしまったらしいのである。
 普通なら、叫んだ時点で教師に察知され、怒られるところだが、運良くその時間は英語であった。その場にいたのが、ピントのずれた穂坂先生だったため、彼は何も言われずに済んだのである。
 また、彼の親も親で、やはり普通ではない。
 彼の父は、自宅の電話番号と住所を電話帳に登録する際、息子である直幸の名前で登録したというのである。しかも、息子がまだ、小学生の時分から。
「お前が新井家の大黒柱だ!」
 理由は、その一言だったという。
 私も、最初に新井直幸殿からその話を聞かされた時は、さすがに信じなかった。しかし、電話帳を見てみると、そこには確かに、彼の名前が記されていたのである。
 母の方も、父に匹敵する強豪だ。
 それは、直幸殿が小学校高学年のころの、ある日のことだったという。
 朝、学校へと向かう道中にて、彼は、家に忘れ物をしたことに気づいてしまった。これはいけない。彼は、一旦、家に引き返すことにした。
 この時間だと、家にはもう、母はいないはずであった。
 フィリピン出身で、4軒ものフィリピンパブを経営している彼の母は、この日、朝から、店に重大な用事があったのだ。
 ところが、直幸殿が家に戻ってみると、なぜか母は、まだ、いた。
 しかも、寝ていた。
「おい、仕事行けよ!」
 思わず、直幸殿の口から、とても、小学生が親に向かって言うセリフとは思えないものが、飛び出てしまう。困ったもんだ。
 だが、対する、彼の母の態度もまた、人の親の、それではなかった。
「イイヨ。ドウセ、ツブレルシ」
 体を横たえたままそれだけ言うと、彼女は、完全な眠りについてしまったのである。
 なんてこった。
 親たちがこんな風だから、息子があんな風になってしまうんじゃないか!
 さて、では、あんな風な息子、直幸に話を戻そう。
 ある時、何かの授業が自習になった。教科担任の教師が、何らかの理由でいなかったのだ。
 自習監督としてやってきたのは、12Rとは直接縁のない、教務主任の大場秀之先生。なぜか、いつも黒い服を着用している人物である。
 彼は、教室の後ろに掲示してある、クラス全員の名前を見上げると、こう言った。
「大久保靖章って、剣道部か?」
 彼は、人違いをしていた。
 大久保靖章殿と、15Rの剣道部員、大久保康男殿とを、勘違いしたのだ。
 剣道部の顧問だった彼は、新入部員の大久保康男殿に圧力をかけて、楽しもうとしたのだろうが、見事に失敗してしまったのである。
 さて、自習時間が始まってからしばらくして、クラス中から、ヒソヒソ声が漏れ始めた。皆さん、大場先生の頭は、どう見てもヅラだというのだ。
 自習時間が終わり、大場先生は、そそくさと12Rを去っていく。
 後には、疑惑だけが残った。
 しかし、その直後、疑惑の当事者の後を追い、風のように廊下へ飛び出していく影があった。
 我らが、新井直幸殿である。
 数十秒後、息を切らしながら帰ってきた彼は、声高らかにこう叫んだ。
「本物だ!」
 彼が、どうやってそれを確かめたのかは、永遠の謎である。
 他にも彼は、公衆の面前で平然とハナクソを食ったり、女子に向かって、
「おばあちゃんの知恵袋に対抗して、おじいちゃんのタマ袋」
 などと言ったり、荒技の数々を見せてくれた。
 11、12R合同で行われる体育の授業では、体育教科員としてジョッグを先導しながら、替え歌を披露してくれた。
 「空にそびえる くろがねの脂肪 スーパーロボット ヅカンガーZ」という、『マジンガーZ』の主題歌の、「城」を「脂肪」に、「マジンガー」を「ヅカンガー」にしただけの、安直な歌詞であったが、周囲の人には結構ウケた。
 その理由はもちろん、肥満の、飯塚裕介殿をバカにした歌だったからである。
 新井殿はこの歌を、体育があるたびに歌っていたものだ。
 ちなみに、この時期の体育の時間には、平野和樹殿が、ハードルを後ろ向きに跳ぼうとして、転倒、頭部を打ち、入院するという事件もあったりした。
 退院してきた彼の、あまりの色の白さを見て、石浜健一殿は思わず聞いたものだ。
「ヒラちゃん、脱色しちゃったの?」
 しかし、平野殿が色白なのは、元からであった。
 と、ここまで、1年初期の出来事を書いてきたが、読者の皆様方は、あることにお気づきのことと思う。
 そう、私、樫木知彦が、ほとんど出てこないのだ。
 その理由は、当時の私が、「天然ボケ」と、たまに人に言われる程度の、地味な人間であったからだ。
 ――小学校のころの方が、ずっと楽しかった。
 そう思いながら、人との交わりを避けていたのだ。
 このころやったことといえば、漢字テストに出てきた、「眺め」という漢字の読みを書く時、「なが」の下に小さく「たか」と書いて、「長隆」にし、同じ班の女子、小川絵理殿を笑わせたりしたことぐらいであろうか。
 これでは、ただのネクラ野郎である。
 休み時間、池田大助殿と船渡川由香殿が、私を飲み物に例えると、ウーロン茶だと話していたことがあった。池田殿によると、私はまさに、「ウー・ロン・チャア」という感じなのだそうだ。
 一体、これはどういうことなのか。全く、私の存在意義が怪しまれる。
 保健室に、視力の再検査を受けに行った時なども、ヒドかった。
「カジキ君、カジキ君」
 女なのに和田勉に似た顔をしている、養護教諭の真木有美子先生が、名簿を見ながらこう呼ぶのだが、誰も返事をしない。
 どうやら、カジキ君とは、私のことだったらしいのだ。
 切ない話である。
 ちなみに、私が、視力が低いのに、メガネもコンタクトもしなかったのは、この時、あまりの切なさに怒りを覚えてしまったことがきっかけである。
 もう一つ、当時の私のキャラクターを物語るエピソードがある。
 体育の時間、みんながサッカーをやっているのに、私だけ、運動場の端のフェンス越しに、車の流れを見下ろしていたことがあった。三中は、小高い丘の上に建っているので、景色を見下ろすことが可能なのだ。
「樫木、何見てんだ?」
 吉田功司殿が、不思議そうに聞いてきた。
 それに対し、私はたった一言で返す。
「街」
 そんな私だから、主人公なのに物語に出てこれないのだ。
 私が本格的に狂ってくるのは、もう少し先のこと。読者の皆様方には、それまで、我慢して読んでいただきたいものである。



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