第9話

窓の外は南国


 6月26日に、席替えがあり、班が、新しいものへと変わった。
 席替えなど、しょっちゅう行われていることなので、いちいち日付まで記憶していないのが普通なのだが、今回のものは、メモリーズに、はっきりとそのことが記されているので、間違いなく、この日だといえる。
 新しい班のメンバーは、私の他に、関屋毅殿、船渡川由香殿、小川絵理殿、毛利春綱殿、佐藤和斗殿、豊里紀恵殿であった。このメンバーから察するに、班長は、船渡川由香殿が務めたものと思われる。
 このころの休み時間、私と、船渡川殿、関屋殿、毛利殿の4人で、よく、スーパーファミコン用シミュレーションゲーム、『第4次スーパーロボット大戦』について語り合っていたことを覚えている。
 しかし、だからどうというわけでもない。
 当時、私は、手のひら全体の皮が、わけも分からずボロボロとむけていくという、不思議な症状に悩まされていた。
 この話を、休み時間、病気自慢風に、船渡川殿と和斗殿に聞かせると、二人とも、同じ症状を持っているという、意外な事実が明らかになった。
 どうも、この年頃には、多いものであるようだ。
「なんか、ストレスとかでなるらしいよ」
 船渡川殿は、こう語っていた。
 それを聞いた私は、嬉しくなってしまった。
 「ストレス」などというもので、病気チックなものを発症する。それが、まるで、「悩める人」のようで、自己陶酔に似た感情にひたってしまったのだ。
 しかし、当時、特別に強いストレスを感じていた覚えはないし、その割には、この症状が出ていたのは、この一時期だけであった。そう考えると、これはやはり、思春期特有の、何かなのかもしれない。
 まあ何にしても、船渡川殿の知識は、大したものである。なかなか、こういった症状の原因を説明できる中学生は、いない。さすがである。
 だが、この、彼女の優秀さゆえに、私と関屋殿は、ある疑念を抱かざるを得なくなってしまっていた。
ある休み時間、私と関屋殿と船渡川殿は、いつものように、くだらない話題で、盛り上がっていた。
 途中、話題を変え、関屋殿が、船渡川殿に、笑って聞く。
「ぜってえ、ホントは俺たちのこと、下等動物だと思ってるでしょ?」
「思ってないよ」
 船渡川殿は、笑って否定するが、本当のところは、不明であった。
 彼女のような知識階級の人間が、私や関屋殿ようなくだらない連中と、果たして軽蔑なしで付き合えるものなのか、くだらない私には、分からなかった。それほどまでに、私たちは、くだらなかったのだ。
 特に、関屋殿なんぞは、当時から、大変下劣な男だったのである。
英語の時間、生徒の注意などのために、穂坂先生が、生徒の机と机の間の通り道を歩くことが、しばしばあった。
 ある日、そうして、彼女が、自分のそばまでやってきた時、関屋殿は、相手に聞こえるか聞こえないかの声で、こう質問したのだ。
「ねえ、ねえ、ねえ、入れ歯?」
 完璧に、見下した喋り方であった。
 しかし、当の穂坂先生は、聞こえているのかいないのか、全く無視して、通り過ぎていってしまった。
 おそらくは、耳が、遠かったのだろう。
 ある日、何かの授業が自習になり、15R担任の理科の教師、竹浦雅伸先生、29歳が、12Rにやってきた。
 ちなみに、彼は、12R以外の、1年生全クラスの理科を受け持っている。どういうわけか、12Rだけが、あの牧野なのだ。
 竹浦先生は、よく正体の分からない、パソコンのような機械を、持ってきていた。
 彼の話では、これは、血液型で性格診断をする機械だという。
 我々は、この時間、竹浦先生の司会進行で、この機械による性格診断を聞いて、楽しむことになった。
 しかし、これ、非常にくだらない機械であった。そもそも、人間の性格のパターンが、4つしかないというのが、有り得ない。それも、血液型で分けるなんて……。
 色々と、診断をやっていくうちに、「エッチについての考え方」とかいう、大変えげつない項目が出てきた。
 それによると、B型の人間は、性行為を、「スポーツ感覚で楽しむ」のだそうだ。ご丁寧にも、トランクス一丁の男が、笑顔で、ベッドの上の女に飛びかかっている、謎の絵が、画面に映し出されている。
 私と船渡川殿は、B型であった。
 私たちは、他の皆さんと同じように、笑った。
 しかし、それは、悲しい笑いであった。
 ちなみに、A型の人間は、性行為を、「結婚するまではしない」のだそうだ。
 あまりにも極端な分類である。
 その後も、インチキ診断は続いたが、やはり、やけに、下ネタが目立っていた。そしてやはり、B型は、やけに、淫乱であった。
 授業時間が終わると、竹浦先生は言った。
「授業でこういうもの見せてたっていうのがバレると、私の立場が危ないから、黙っててね」
 そして、彼は、教室を去っていった。
 その休み時間、関屋殿は、凶悪な笑みを浮かべ、つぶやくように言ったのだ。
「っていうか、ぜってえ言うんだけど」
 彼、さっきは、とても楽しんでいたというのに。さらにおもしろくするために、竹浦先生を売ろうというのか。
 卑劣である。
 まあ、実際に密告したかどうかまでは、私は知らないが。少なくとも、竹浦先生が、何か処分をされたという話は、聞かない。
 12Rの社会科の担任は、第2学年学年付きで、副教務主任の、岩佐泰章先生、42歳であった。
 彼は、低く、太い声で、実にやる気なさそうに喋るので、その授業は、多くの生徒にとって、睡眠時間と化していた。
 それを嫌う岩佐先生は、たびたび、生徒たちに文句をたれた。これまた、やる気なさそうに。
「おい、寝てるんなら授業やらねえぞ」
 しかし、一番やりたくなさそうなのは、岩佐先生本人、という感じであった。
 関屋殿は、これについて、ある休み時間、語っていたのだ。
「あそこで毎回、『別にやらなくてもいいですよ』って言いたくなるんだけど」
 そりゃそうだが、それは、さすがにタブーである。口に出してはいけないよ。
 岩佐先生は、生徒から嫌われているわけではないのだ。だから、誰も、ケンカを売るようなマネは、しないのである。
 したがって、さすがの関屋殿も、授業中、実際にそんな暴言を吐いたりはしなかった。
 そういえば、岩佐先生、授業中、あろうことか、自分が寝てしまったことがあった。
 太った体を引きずるように、教室に入ってくるなり、「今日は胃が痛い」と言って、教卓に突っ伏して、そのまま寝込んでしまったのだ。当然、授業は成立せず、自習である。
 困った無気力おっさんだ。
 しかし、そんな彼にも、意外な過去があった。
 私の父の話では、彼は、父が、根見浜第一中学校の柔道部に所属していたころの、1つ年上の先輩で、いつかの大会で、試合が開始した瞬間に、いきなり一本を取ったこともあるほどの、猛者であったという。しかも、そのころは、スラッと痩せていたというのだ。
 それが、どうしてこうなってしまうのか。人生とは、ガキンチョには分からないものである。
 ある日の休み時間、校長である、佐藤慶徳先生が、開け放たれた窓越しに、廊下から、12R内をのぞき込んでいたことがあった。たまには、生徒たちの様子でも観察しようと思ったのだろう。
 ちなみに、教室の廊下側に大きな窓があるのは、三中では、プレハブ校舎だけである。本校舎の教室には、天井のそばに、小窓が並んでいるだけなのだ。
 なぜ、プレハブ校舎だけが、こういう、風通しの良い造りになっているのかというと、それはおそらく、夏、灼熱地獄になるこの校舎を、少しでも涼しくするためだと思われる。ここ、夏は暑くて、地獄なのである。冬も、寒くて地獄なのだが。
 さて、教室をじっとのぞき込んでいる、校長先生。それを見た関屋殿、こんなことを言ってしまったのだ。
「ハゲ」
 感慨深くそう言うなり、彼は、一人でバカウケ、大笑いをする。
 かなり失礼であるが、事実なのだから仕方がないといえば、そういうこともできてしまう。
 それほどまでに、校長先生の頭は、沈みゆく夕日だったのだ。髪の毛は、生えているというより、こびりついているという感じである。
 実は彼、教師でありながら、僧侶でもあったのだ。
 それゆえに、全校集会での、「校長先生の話」には、仏教誕生の地、インドの話が、よく登場した。
 例えば、「その昔、インドのお金持ちが、大工に、2階建ての家を建ててもらおうとした。そのお金持ちは、『欲しいのは2階だけで、1階はいらないから、2階だけ造ってくれ』と頼んだ。この人は、ものの道理を理解しない、バカだ」というような、ためにならない話がである。
 だがしかし、彼が僧侶であることと、彼の頭が苦戦を続けていることは、全く別の問題であった。
 この頭は、剃っているわけではないのだ。
 関屋殿に、真実をストレートに言われてしまった彼は、泣きそうな目をして、じっと黙っている。
 学校のトップの、哀れな姿であった。
 全く、関屋殿、非情である。
 それに、さらに追い討ちをかけたのが、新井直幸殿であった。
「先生、インドの話、してくださいよ」
 彼は、バカにしたように、校長先生に話しかけた。
 クラス中が、クスクスと笑う。
 校長先生は、怯え切った顔をして、逃げるように、その場を去ってしまった。
 弱い校長である。
 そういえば、先ほど登場した、竹浦雅伸先生も、休み時間、窓のレールに頬杖をつき、廊下から、12R内をのぞき込んでいたことがあった。無表情で、無言で。
「あんな所にココナッツがあるよ」
 私は、近くにいた関屋殿に、教えてあげた。
 竹浦先生は、肌が非常に黒く、髪も短かった。そのため、彼の頭は、まさに、南国産のココナッツそのものだったのだ。
 私の父なんぞは、プレイステーション用ボクシングゲーム、『ボクサーズロード』で、自分の分身であるボクサーに、竹浦先生そっくりのグラフィックを選択し、「竹浦雅伸」という本名と、「ココナッツ・タケ」なるリングネームを付けてしまったほどである。
 まあ、なぜ、父が、竹浦先生のことを知っているのかといえば、それは、私が、彼そっくりのグラフィックを見た瞬間に、「竹浦という教師にそっくりだ」と言ったからに他ならないのだが。
 ゲームにまで登場してしまった、竹浦先生。彼は、極めて奇怪な人物であった。
 基本的には、彼は、無口で、口下手な人物なのである。しかし、苦しいギャグを多用する、痛いコメディアンとしての側面も持ち合わせていたのだ。しかもそれは、ウケを狙っているというよりは、素である可能性が濃厚であった。
 これは、小川先生が、国語の時間に聞かせてくれた話だ。
 小川先生は、竹浦先生他、数名の三中の教員と共に、「横綱カレー」という、激辛カレーを食べに行ったことがあったらしい。
 このカレー、普通の人は、辛い辛いと言いながら、水を飲みつつ、ゆっくりと食べるのだが、竹浦先生は、全く無言のまま、水も飲まず、非常に速いペースで、カレーを口に運んでいたという。
「竹浦先生、辛くないんですか?」
 仰天した小川先生が聞いても、竹浦先生は、
「カライでーす」
 と、凶悪な顔に似合わぬ細く甲高い声で、抑揚なく言い、ニヤニヤと笑うばかりで、全く、ペースをゆるめる様子がなかったという。
 誠に、なんとも得体の知れない、奇妙な人物である。
 ちなみに、この竹浦先生、普段は甲高い声をしているのだが、怒ると、突如、外見にマッチした、低く太い、大変怖い声に生まれ変わってしまう。
 変な人だ。
 12Rの理科の時間、彼、用もないのに、授業に顔を出したことがあった。
 この日の授業は、理科室で、何かの実験であった。
 実験に必要なのだろう。生徒たちは、ジャガイモの皮をむいている。
「竹浦先生、見て、あたしむくのうまいでしょ?」
 富塚まき殿が、近くを通りかかった竹浦先生に、綺麗にむけたジャガイモを見せ、自慢する。
 すると竹浦先生、石のような表情のまま、信じられないことを言った。
「君はきっと、いいインディアンになれるね。インディアンは、捕虜にした人間の頭の皮を剥ぐんだよ」
 全く、抑揚のない声であった。
 変わった教育者も、いたものである。



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